湧川明新作「うた2」発売記念!!
湧川明、自唱を語る<前作「湧川明特集〜うた」解説>
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湧川明「うた」 “生り三絃”といわれた、三線の名手湧川明の三線一本でうたうシンプルな本格沖縄民謡。 <収録曲> 1.宮古根・はんた原・ 2.本部宮古根・汀間当小 3.北谷舞方 4.多良間しょんかねー 5.嘉手久小 6.遊びしょんかねー 7.なりやまあやぐ 8.与那国しょんかねー 9.とぅばらぁま 10.アッチャメー小 11.多幸山 12.北谷真牛 13.世節 25NCD−49 ¥2,500(税込) |
| <1>宮古根〜 この歌は湧川明が一番好んで歌う歌である。 宮古根(なーくにー)は、沖縄本島各地で歌われる本島の民謡を代表するもので、宮古根の頭に地域の名称をつけて『今帰仁宮古根』『本部宮古根』『具志川宮古根』『中頭宮古根』『島尻宮古根』等と呼ばれている。 本部宮古根のようにゆったりしたリズムが普通だが、この曲は、ちらしに「はんた原」が付いていて早めのリズムで三線が上手くないと味がない。 1.あたいはんだまとは、庭の畑の薬草はんだまで くくらきはのどがヒイック ヒックしている状態。くくらきの時は庭の畑の薬草はんだまを食すればよろしいですよ、30歳になっても嫁さんが居らん人は、泡盛が一番よろしいでしょうということです。 2.山の木はいろいろあるけどたよりになる木はあるかい。探してみよう美童(みやらび)は、たくさんいるのに 妻はいないのかねかわいそうだね。 沖縄の三線はうたがないとおもしろくないし成り立たない。内地の津軽三味線のような弾き方はめったにしない。うたの伴奏の役目が三線でふたつ合わせて「うたさんしん」と云う。 3.三線がうたが欲しい欲しいと、情緒ゆたかに語りかけて催促しても、そばに居るお姉さん方うたをしらんのかね 4.うたを歌うのであれば心から情けを込めてうたってください。ぶっきらぼうの下手なうたは、聞くのも辛いと云うことですね 〜はんた原 はんた原 と言うのは地名で、たいがい村はずれのガケプチの場所(昔は若い男女が毛遊びをしてた所)。 1.はんた原の胡弓は夜中になると、音が高くなり調子よく小鳥がさえづるように良い音をだすよ。 2.今日は、貴方の天井裏で明日は私の近くの集会場でみずいらずに語り明かそうじゃないかい 3. こんなに遊び惚けるのも、今月と来月までよ。私はもう遊べなくなるので、弾いて下さい三線を、私は歌を歌いましょう 昔は結婚の相手も親が決めていたので毛遊びもおしまいよとでも云ったんでしょうか、それとも貧乏で出稼ぎにでも行くつもりか。 4.はんた原にやってきたら、吹き下ろす風にことづけを待たしたけど受け取ったかい。風に持たした手紙は、何時の世も届くはずもなく素敵なもの、逃がして、たいしたこともないしろものをつかまされ山奥のヘゴの木みたいに淋しく突っ立ている。素敵な彼女は誰かに取られ、しかたなく目の前の女をつかんだかなしさよ。 <2>本部宮古根 この歌は、私が生まれ育った本部地域うたで、子どもの時から歌っていた。 1.渡久地から上ったら辺名地部落があり、次は健堅部落で、その次は、崎本部部落である。地名を並べた詩である。 2.あれは、本部崎 此処に見えるのは、名護の七曲 こんなに近くに見えるのは、名護城 本部は、漁業の盛んな地域で海から本部半島を眺めたのであろう。 3.じょうが山で詩を歌ってる人は きっと山の下の山入端部落の薪を取っている娘さんであろう。 4.海の深さ、名護浦の深いこと 名護の美童はことのほか情愛が深いと名護娘を褒め称えている。 〜汀間当小 1.本部行きの船とおもって タオルを振ったのに名護行きで残念 貴方も振りますか 本部人が好きな人が、彼氏に合図をしようと、したのでしょう。本部人や今帰仁の男は、昔から男気が強く琉歌にも詠まれている。 (本部今帰仁なが宿借りにくらば、言葉やふぁやふぁと戻ちたぼり)女みたいな男より 男気が好みだったのでしょうか 2. 名護から羽地の伊差川までは、1里で 眞喜屋までは2里位はあるでしょうか ほんとうかいな まことかいなと云うことです。 <3>北谷舞方 このうたは、毛御前風とも呼ばれています。何故か一言で云えば 古典音楽の「かじゃでぃ風」を、民謡の大家達が毛遊びに合うように編曲し続けて作りあげたものです。 夜な夜な北谷トンネルの上の、広っぱで 北谷や近隣の北中城や宜野湾から若者達が集まって毛遊びをし、腕ぷしの強さを競い合って 三線の歌い手が 踊り手に向かい おい そこの青年 立って踊れ 踊れ 貴方の勇ましい踊りを見て見たいもんだと誘ったのでしょう 1.立ってください舞い手よ 青年のする舞方見たいものだ 2.私を誰と思って無理に仕掛けて、そう云うのか私は、生まれてはきたが、死んだことはない 3.私を子どもだと思って馬鹿にして突っつきまわすけど よく耕した田んぼの稲は、稲穂がたれるほど実る 若ぞうもまけてはいない、今に見ておれ、空手の技を磨いて思いしらせてやるからとでも云ったのでしょうか 若い人達は、空手舞踊(舞方)で腕を試しながら成長大人になっていったのでしょう。 <4>多良間しょんがねー 宮古島の多良間のうた 1.多良間前泊の小道を主の船をむかえにゆくよ 2.南の風は安心するよ 北の風は心が痛む 3.真南の風で凪の海であって欲しい 昔は帆船で沖縄本島と離島を行き来していたもで風が南から吹くと北の方へ旅がしやすいし北風が吹くと南へ旅がしやすい 風によって移動し人の心も大自然の法則で動いたのでしょう <5>嘉手久小 カチャシーによく使われる曲 1.2.3.4.嘉手久村のうみなびという娘に 色の付いた 煙草入れの煙草に火をつけ貰ったら 吸ってくださいな。5.6.7.8.七枚の煙草の葉を、髪の毛のように刻んで、彼の畑と隣りなので そこで逢いにいこう。 沖縄の古い民謡は、定型詩で8.8.8.6形式のものを4.5首集めて4.5番くらいにしたものもある。 この嘉手久も1234と5678は別首である。 1234は大島方面の読人しらずで5678は恩納なべの作といわれている。 <6>遊びしょんかねー 私がはじめにのど自慢大会で弾けた曲である。 私の父は野村流音楽協会の師範だった。父は民謡を弾かない(弾けない)人だったので一緒に弾く民謡はこれしかなかった。 1234おもかげがたたなければ、忘れる時間もあるはず 友達と遊ぶことは、たまに思うのに 彼氏のことは、朝も夕も忘れることはない。若い時の恋愛は激しいものがある。 <7>なりやまあやぐ 宮古島の民謡である 宮古の方言は発音が難かしいし、意味も難解だが、曲がやさしいのでうたってる。 1.2.私はよく理解できない(*注1) 3.馬に乗る時はたずなを放してはいけませんよ結婚したら油断をしないでくださいよ 4.馬は白馬が美しい 美童は色白がいい 5.押し寄せる波は笑ってよせてくる わたしの好きなひとは、笑い顔でやってくるよ <8>与那国しょんかねー 与那国のうたで一番好きうたかな 時代がどんなに変わっても、人の愛や情まではかわらぬはずどうしょうもない運命の別れ、恋人との別れ、せつなさがこみ上げてくる。詩も曲もすごい 1.暇をお願いしょうと、お酒をついでも 涙が溢れて飲むことができない 2.いよいよ船が沖に出て小さい帆を上げたら落ち着けない大きな帆を張るともう涙が溢れおちる 3.与那国の海は池のように静よ心起きなく 航海してください 元気で幸福にお暮らしください 首里大府時代の現地妻達は、こんな別れをしたのだろうか <9>とぅばらぁま 八重山の大会には、毎年沢山の歌い手が集まる。自分の好きな詩や、自作の詩もどんどんでてくる名曲である。 1.月が美しいのは13夜で 美童の美しいのは、17、18歳ある 2.思って通うたら千里も一里 戻るときは又も来た千里である。愛する人の所へ会いに行く時は、どんなに遠くてもすぐ近くに思い 帰るときは、非常に遠く感ずるものである 3.仲堂道から七回も通うたのに 仲筋の愛しい人は会ってもくれない 失恋は悲しいものだが 世のつねですね。 4.愛しいとほんとうにおもうなら 私の歌声を聞いて飛んで出ておいでよ もしかして親に見張られて出てこれないのかも若い時は、自由が利かない <10 >アッチャメ小 カチャシイーの曲 民謡を稽古する人は、早弾きも目標に励む曲である。民謡は個人の個性を重んじる音楽だがカチャシイーは弾き方がそれぞれちがう。 アッチャメとは何かとよく聞かれる 島袋盛敏 翁長俊郎著 琉歌全集によると(あちやらか舞)で自己流の狂騒舞と書かれている。流派もなければ 制限も無し。好きなように踊りましょう。 <11>多幸山 この歌はカチャシーの時アッチャメ小と続けて歌われる。もともとは、早作田をいじって民謡さー達が編曲したものだと云われている。(若さ一時ぬ通い路ぬ空や闇ぬさく坂ん車とう原)からもうかがえる。 1. 多幸山の猪、驚くなよ 喜納部落の私、高平安座は山田部落からの帰りだよ 山田 山田は何処ですか 私も山田は、行ってみましたよ。 昔恩納村の多幸山は、山深く猪やおいはぎ(へーれー) がおった状況がうかがえる この詩は赤犬子が山田の美しいのろに会いにいって帰りのうたのようである。赤犬子は自分のことを喜納ぬ高平安山と称していたのかな 2.近いからといって油断してはいけません 梅の葉は、花の匂いは知らない。 その通り、梅は、葉が落ちて花がさく 葉が散って花が咲く間はちょとの間だけど、花さく頃葉はないので梅の匂いを観賞することは、できません。 3.若いからといって、自慢していると 思いもかけない悪い風邪に 寝込まされるかもしらんよ 用心用心しましょう。沖縄は、台風銀座なので、台風が発生して接近しても(てーげーやさ)大丈夫といって戸締りきちんとしないでいると 吹き飛ばされますよかな。 4.若い時恋人に会いに、通う道は、闇夜の険しい急勾配の坂道も国道みたいな平坦な道ですよ。同感同感 <12>北谷真牛 この曲は、私が北谷町商工会で村興し事業の委員をして、北谷町が劇の場面になっている大宜見小太郎優作丘の一本松公演を企画している頃 北谷に縁が有る北谷真牛大会ができないものかと 作詞作曲したうたである。 父が古典音楽を愛した人でしたので、父にもうたえそうなうたにしました。 1.昔歌の中で詠まれた人は、実在した歌うたいの北谷真牛です。 2.飛んでいる鳥も中空で止まって、歌い出す歌声に聞き惚れる。それ人は大川城の北谷真牛です。 3.三線に合わせて、美しい旋律で 月でも共鳴するその人は北谷真牛です。 4.歌声の美くしいことは、島々の隅々まで伝わって最後は北山城で咲き散った人は北谷真牛 <13>世節 この、うたTのCDの12曲(宮古根から北谷真牛まで)を稽古して殆どできあがり録音を待つだけだった時間帯に、わたしがはじめて先人達が歌った歌を収録できる喜び、が沸き起こり、自分の一生を子供の頃の記憶をさまよいながら親にもらったもの、周りの人にいただいたもの、田舎から出てきた時のこと、学生時代すべては走馬灯のように次から次へと展開して胸が熱くなった。 1.人の一生は、草の葉の上の夜露ようなものではかなく短い、自分の髪がどんどん白髪になっていって、こんな年齢になっても子供ころの父や母の優しい顔が、懐かしく昨日のように思い出される。 2.自分自身の約束は、松の葉のように、黄色に染まって、やがて落葉になっても破らぬようにしよう、私は、一度しか生まれないから後悔したくない。 3.信念を強く心の奥に置いて、よくぞ私を此の世に生んでくれた父や母 育んでくれたすべての人や物に感謝し頑張って行こう。 |
| *注1. なりやまあやぐ(あやぐ=語源は綾言。美しく聖なる言霊。 神歌以外の宮古の歌謡の総称) 1. なり山とは、馴れ親しんだ山のことです。すみ山とは、互いに心が通うから染め山。 2. 互いに染めあっていても、馴れ馴れしすぎて心に隙間があっては いけないよ。(ビセ・カツ 訳) |