毎週 木曜日発行!!  平成13年 11月1日創刊
週刊 上原直彦 「浮世真中」が本になりました!
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週刊上原直彦「浮世真ん中」が本になりました!
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2005年 8月25日
連載 エッセイ
      「浮世真ん中」(199)

<まじーしちまんたる>

 かつて名護町だった名護市は、昭和45年<1970年>8月1日。名護町、屋部村<やぶ>、羽地村<はねじ>、屋我地村<やがじ>、久志村<くし>が合併して誕生した<市>である。市の花=テッポウユリ。市の花木=カンヒザクラ。市の木=ガジュマル。市の鳥=リュウキュウメジロ。市の魚=シロギス。市の貝=スイジガイ。市の蝶=コノハチョウと選定。みどりの山々と、それを馬の背にして東西に紺碧の海を有する地である。
 しかし、沖縄中がそうであるように、米軍基地キャンプ・シュワーブや宜野湾市普天間にある米軍ヘリコプター基地施設の代替地として、国家的問題になっている辺野古<へのこ>を抱え、風光明媚な景観とは裏腹に、苦悩の日々を強いられている地でもある。
 そうは言っても、名護の山間の小さな集落にも、四季の行事はやってくる。

 名護市内原区は、かつての羽地村に属していた。
 羽地村は、水量豊富で水田が多く「ハニジ ターブックァ=羽地田園」と、有名を馳せた上に、実る米は沖縄一の(旨いシマ米)の名を欲しいままにしていた。それだけに、羽地人<はにじんちゅ>を称して「ヤキ パニジ=焼け羽地」と呼ぶのだ。この呼称について地元の人は、
 「羽地人は、南国の太陽から身を隠すことをせず、顔、手足、いや、体中が日焼けするのにも臆せず働くことに由来する」
 と、胸を張って主張する。
 内原地域は戦前、本土の製薬会社が薬草園として活用していた農耕地だったが戦後、その跡地に村内の人々が入植して成立した集落。現在人口180人。
 また、合言葉は「まじ しちまんたる」。「まず、やってみよう。やらなければ何も始まらない」である。進取の精神とみた。
 この小さな集落にも、シチグァチ<七月。お盆のこと>は、堂々とやってくる。
 今年も先祖祀りは厳かに、エイサー踊りは華やかに行われた。エイサーは大人衆がやるのではなく、毎年、子供エイサーが仕込まれる。そして、婦人のみによるパーランクーエイサーも、すっかり定着した。パーランクーは、直径40センチほどの片面張りの小太鼓。中国芸能関係の書物に「巴蘭鼓・半胴小鼓」の文字を見たことがある。やはり、パーランクーは、中国から入ってきた打楽器のようだ。
 そして、いまひとつ内原区名物になっているのは、本土風の「盆踊り」である。38年前に振付けられ、今日まで同じ手振りで踊っている。曲目も「安里屋ゆんた」を筆頭に「祝い節」「兄弟小節」の島うたから、盆踊りの定番「炭鉱節」「鹿児島おわら節」「ソーラン節」など、大和ムン<やまとぅ。本土物>、沖縄ムン<うちなぁ。沖縄物>と、日琉歌謡を融合させて13曲で構成。その振付は38年前とまったく変ってはいない。このことについて、当初から世話役を務めてきた上原仁吉さん<61才>は、こう語る。
 「新しい曲を入れないのにはワケがある。小さな内原ではあっても、若者たちは夢を実現するため、県外に羽ばたいて行く。県内各地に移転したり、稼ぐものもいる。でも、お盆には皆、親元に帰ってくる。そのとき、かつて踊った盆踊りの振りが残っていたら、稽古なしでもすぐに、踊りの輪の中に入れるというもの。わざわざ、はるばる帰郷したもののために、同じ曲同じ振付を頑固に続けているのだ。今年は、流行の「マツケン・サンバ」導入の動議もあったが、区常会であっさり否決された。同じようなことを同じように固持していくのも、それはそれで楽しい」
 このことを帰郷する人に対する心遣いととるか、発展性のない発想とするか。それは、なぁメーメー<個々。それぞれ>の価値観によるだろう。わたしは前者に心が和む。
 今年のシチグァチも、内原区3日間の人口は250人ほどになった。

 世話役上原仁吉さんは昨年、名護市役所を定年退職しているが、長年にわたり地域の青少年育成に貢献したとして、名護市青少年育成協議会から、本年度総会の場で「功労賞」を受けている。

 かくて、沖縄最大の行事「シチグァチ」は終わった。
 エイサー歌は、こう結ぶ。
 ♪待ちかにてぃ居たる七月ん済まち なまた八月ぬ十五夜待たな
 <まちかにてぃ うたる しちぐぁちん しまち なまた はちぐぁちぬ じゅうぐや またな>
 歌意=(五、六月ごろから)待ちかねていた七月行事も無事済ませた。さあ、次は八月十五夜の月見遊びを待とうではないか。
 この場合の「遊び」は、単なる遊びではない。人と人。そして、自然創造の神と心を結ぶ行事を意味する。ひとつの行事を済ませると、次の行事(目的)に照準を定めて、それぞれ生業に励む。
 「七月正月すんでぃる 男ぁ居る=シチグァチ・ソウグァチすんでぃる うぃきがぁうる」
 意訳=お盆、正月。年中行事をきちっとやることにこそ、男の存在価値はある。それを仕切れないものは男ではない。
これが沖縄人のスピリッツなのだ。





 次号は2005年9月1日発刊です!

2005年8月分
週刊上原直彦(199)<まじーしちまんたる>
週刊上原直彦(198)<少年少女の戦後史。角砂糖・チョコレート>
週刊上原直彦(197)<男の存在を示す時・お盆>
週刊上原直彦(196)<力を貸して!石敢當>

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