毎週 木曜日発行!!  平成13年 11月1日創刊
 週刊 上原直彦 「浮世真中」が本になりました!
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2004年 11月4日
連載 エッセイ
      「浮世真ん中」(158)

*<教育・文化・医療の新紙幣>

 日本政府は、長引く不況と政治不信の払拭と経済の活性化を福沢諭吉、樋口一葉、野口英世に委ねた。
 2004年11月1日。新紙幣を発行。日本銀行那覇支店ではこの日、総額約210億円、400万枚の新札が県内各金融機関に発券され、各地に流通した。
 中でも、5000円札の樋口一葉さんは人気が高く、2000円札の源氏物語、守礼門などは、まったく、影をひそめてしまった。樋口一葉さん<本名奈津>は、明治5年<1872年>5月2日。東京都第2大区小1区<現・千代田区>内幸町の官吏の娘に生まれてはいるが、その24才の生涯<1896年11月23日没>は、生い立ちの記や作品を読む限り、仮にも、お札に恵まれていたとは言えない。むしろ「貧乏」の2文字がついてまわっていたようだ。その一葉さんが、5000札に登用されていたことは、何かを暗示しているように思えてならない。
 戦時中に言われた「欲しがりません!勝つまでは!」のメイ言や、戦後間もなく、池田勇人サンが国会で言い放った「貧乏人は麦を喰えッ!」を連想してしまった。それは、私がお札に縁が薄いからだろう。
 日本国の紙幣に、女性が初登場したことも話題になっている。このことについても、ある女性のことが気になり、ふと思った。
 「叶姉妹も樋口一葉さんと、付き合うのだろうか」
 このことである。もっとも、かの美人姉妹は、福沢諭吉も樋口一葉も野口英世も直接、手にすることはなかろう。すべて、ゴールドカードでお済ましになっているだろうから、私ふぜいがとかく言うべき筋合いではない。

 沖縄では昔から、紙幣の肖像など、あまり気にかけてきてはいない。肖像がだれであろうと、天下を回ってきて、こっちの懐に入り、生活がなりたてば、それでよかったのだ。
 大正期に歌われた「県道節」に曰く。
 ♪今日や手間渡い 半チン小やましい なりばタンメー型 ましや やんて。
<ちゅうや ティマわたい はんチンぐぁや ましゐ なりば タンメー・カター ましや やんて>
 語意=手間渡い<給料日>。半チン小<硬貨>。タンメー型<老爺の肖像>。つまり、立派な髭の聖徳太子や板垣退助、伊藤博文らの肖像のお札。
 歌意=今日は給料日。手間賃は硬貨だけかな。それでいいかな。いやいや、出来ることなら、老爺の肖像のお札がいいな。
 県道工事に従事する人夫のこと。どんなに働いても賃金は硬貨止まり。それだけに、お札に対する執着、憧れは絶大だったに違いない。こうした現実の庶民感覚としては、聖徳太子や板垣退助、伊藤博文の単位がいくらであろうと、それはそれだけのこと。要するに「タンメー・カーター」がよかったのである。
 俗謡「すんがぁ節」にも、タンメー型は登場する。
 ♪棒切りに当たてぃ ウチチなてぃ居むぬ タンメー型膏薬 持たち給ぼり
<ぶんじりに あたてぃ ウチチなてぃうむぬ タンメーかた こうやく むたち たぼり>
 歌意=棒切れに当たって、打ち身のアザが出来た。どうぞ、老爺印の膏薬を届けて下さいな。
 ♪アキヨ思無蔵や ウチチなてぃ居りば 那覇ぬ街巡ぐてぃ 医者にかかり
<アキヨ うみんぞや ウチチなてぃうりば なふぁぬまち みぐてぃ イサにかかり>
歌意=アレまあ。愛女よ。打ち身なのかい。それならワシが届ける膏薬を持つよりも、那覇の街を巡って、いい医者に診てもらいなさい。
 辻遊郭の芸妓は「棒切れ」と、7月の「お盆切れ」を掛けて「お盆前ですから、今までのツケをタンメー型膏薬になぞらえて、請求したのである。ところが、相手の遊蕩児はブシジョウムン<不志情者。無粋者>で、ツケの督促とも知らず、医者を勧めている。
 因みに、戦前の那覇の遊郭「チージ。辻とも頂とも書く」では、遊興費は半年払い。正月から7月のお盆までの期限を「盆切り=ぶんじり」。後期、大晦日払いを「年切り=とぅしじり」と言った。

 ともかく。日本経済の明日を担って、新券は発行された。
 福沢諭吉<教育>。樋口一葉<文化。文学>。野口英世<医療>。
 3本柱になっていただいて、ニッポン経済を建て直してもらいたいと、せつに期待してやまない。

 
旧紙幣                       新紙幣


 次号は2004年11月11日発刊です!

2004年11月分
週刊上原直彦(160)<ハブの話・その1>
週刊上原直彦(159)<針突・ハジチ>
週刊上原直彦(158)<教育・文化・医療の新紙幣>

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