毎週 木曜日発行!!  平成13年 11月1日創刊
 週刊 上原直彦 ニュース
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2004年 8月26日
連載 エッセイ
      「浮世真ん中」(148)

*<絆のとき・お盆>

 「七月・正月=しちぐぁち・そうがぁち」
 沖縄の2大行事である2004年の盆入りは、8月28日<陰暦7月13日>初日が御迎え<うんけー>、2日目、中ぬ日<なかぬ ふぃー。中日>、3日目、御送い<うーくい>。まるで、生きている人をもてなすように、お迎えしてからお見送りするまで、先祖霊と向かい合うのである。
 御迎えの日。お供えもの、これはいまでいう御中元品を持って、元家<むーとぅやー>に行き仏壇を拝む。元家では、その家の長老(大抵はお婆さん)が、ともに仏前に坐り、声にして、紹介の唱えをしてくれる。例えば、私が元家の3男の分家の長男の場合、
 「サリサリ。3男腹<さんなん ばら>ぬ嫡子直彦が、七月ウサギーが寄しりとぉいびん。拝まってぃ うたびみそぉり」
 意訳=さてさて。3男分家の腹から生まれた嫡子直彦が、お盆を奉じに参上しております。畏敬の念をくみとり、拝まれて下さい。
 「拝まれて下さい」。主は先祖霊で、拝む方はあくまでも徒なのである。お盆のことを「お盆」とは言わず、「七月」と呼称するのは、沖縄だけだろうか。さらに、正月よりも七月を先にして、「七月正月」としているのも特異と言えよう。定まった宗派はなく、先祖崇拝に徹し、先祖霊を神仏としている沖縄の宗教文化が、よく表れている。また、生り島<んまり じま=故郷>を離れ、他府県や外国に住まいする者も、この3日間に合わせて里帰りし、仏壇を中心に血縁の絆を深くする。故あって、毎年は帰郷することができない縁者が、数年ぶりにやってくるとなると、それこそ、縁者一堂に会して、七月は一段と賑やかになる。正月よりも、七月は「沖縄の人口が増える」と言われるくらいで、先祖神が、いかに権威ある存在であるか分かろうというものだ。
 お供え物も豆腐、蒲鉾、肉、ごぼうなど、揚げもの、あえ物のほかにパイナップル、柑橘類、瓜もの、サトウキビの定番に加えて、最近はマンゴー、ドラゴンフルーツ、パッションフルーツなど、近年になって出回ったものまで、バラエティーに富んでいる。実にバージョンアップ。
 「横文字名のモノをお供えしたら、3代前の御先祖は戸惑うかも知れない」
 笑いながらそう言って、新しい果物の説明をしながらお供えしていた私のおふくろも、いまは、仏壇に上がって、もてなしを威張って受けている。
 もてなしのことを「御取い持ち=うとぅいむち」と言い、昨日今日若くして亡くなった人も、この御取い持ちを等しく受ける。人は亡くなった時点で、先祖神の胸に抱かれて、神仏になったとする考え方があるからである。
 3日間。ふだんの食べもののほかに、一品多くなるのも七月の楽しみのひとつだ。
 初日は、御迎えジューシーである。細かく切った豚肉や昆布、チデークニー<人参>などを具にした炊き込み御飯。2日目は冷やし素麺。3日目はダーグ<だんご>。いずれも、五穀豊穣を祈願。お供えをした後、下げいただく。これを「うさんでぇー」と言う。
 エイサー<念仏舞>が華やぎ、あの世とこの世の境を取っ払ってなされた行事も3日目の夜。遅ければ遅いほどよいとされるが、御送いをして終わる。深夜に及ぶのは、一刻でも長く「御取い持ち」をしたいとする惜別の情を表したもの。その場合、仏壇に供えた果物やサトーキビ、野菜等の一部を賽の目に切り、お膳や皿に盛り、燃えつきた線香とともに門の脇に置いて合掌。
 「また、ヤーン<来年>参んそぉり=また来年お越し下さい」
 と、先祖霊をあの世へお送りする。この賽の目にした盛り合わせを「水ぬ粉=みんぬくー」と言う。これは、御迎えも御送いもする縁者もなくさまよう、無縁仏への馳走のおすそ分けである。沖縄人はどこまでもやさしい。

 ラジオもテレビも、旧盆特別番組を放送する。歌三絃、踊り、芝居を楽しんだ遠来の縁者も皆、それぞれの生活に戻っていく。そして、エイサー太鼓の音が遠くに聞こえるようになったころ、夜は心なしか涼しい風が吹いてくる。
TV撮影現場にて


 次号は2004年9月2日発刊です!

2004年8月分
週刊上原直彦(148)<絆のとき・お盆>
週刊上原直彦(147)<蝶々に出会った>
週刊上原直彦(146)<怪談・見・た・なッ>
週刊上原直彦(145)<昼の音夜の音>

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