毎週 木曜日発行!!  平成13年 11月1日創刊
 週刊 上原直彦 ニュース
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2004年 8月12日
連載 エッセイ
      「浮世真ん中」(146)

*<怪談・見・た・なッ>

 ある温泉ホテルの部屋に入った。すでに外は闇に包まれている。
 着替えの下着と乗りものの中で読む本が入っているだけのバッグを投げ出して、まずはシャワーを浴びる。ひとり旅の気軽さ、素っ裸でバスルームを出、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、ほとんどイッキ飲みで喉に流し込んだ。そして、部屋の中をだらしなく歩き回っていた。すると、窓の薄いカーテンの向こうに人の気配。慌てて、バスタオルを下半身に巻きつけて、窓側を見る。窓の外の人は、30才前後の女性。彼女も外風呂上がりだったらしく、ホテルの浴衣を着けている。髪を洗ったのか、髪がちょっと濡れている。それがまた、いやに色っぽく、瞬時だったが目が合った。彼女がニッコリ微笑んだような気がしたが、すぐに窓枠を通り過ぎて行った。
 時計は、午前2時をまわっている。
 「彼女もひとり旅なのかな」
 勝手な思いを膨らませながらも、昼間の疲れと、たった一本の缶ビールに誘われて、すぐに深い眠りに入っていった。
 翌朝は、快い目覚めであった。そして、昨夜の女性のことを思い出し、彼女が通り過ぎた窓側のカーテンを開けた。が、そこに広がる光景に、サッと射し込む陽の光のせいではなく、立ち眩みにつづいて、恐怖が全身を走った。窓の外は、人の通れる廊下と思っていたが、下へ垂直のホテルの壁。しかも、部屋は9042号。9階なのである。
 「空中に浮かない限り、窓の外を歩けるわけがない。昨夜の女性は一体ッ!」
 友人が語ってくれた旅先の<怪>である。が・・・・。かつて同じ話をある作家の体験談として、雑誌で読んだことがあるような・・・・。

 ユーリー<幽霊>やマジムン<化けもの>に出会ったとき、沖縄では、昼でも夜でも、飼っている豚をたたき起こして鳴かせる。ユーリーはともかく、マジムンは、豚の音階はずれの鳴き声が嫌いで、人にとりつくことなどせず、退散するそうな。また、塩をまくのも効果がある。この風習は全国各地にあるだろう。大相撲の立会い前の塩まき。会葬御礼にいただく、清め塩などはいまでも粛々と受け継がれている。
 塩をまく。「まく」こともあるが、沖縄口には「マース<塩>はんちゅん」がある。
 「はんちゅん」は、指パッチンのように塩をつまんではじいたり、塩水に5本の指を濡らし、勢いよく「撥ね・撒く」こともある。「はんちゅん」の語源は、後者であろう。

 昔々。
 塩をカマジー<かます>に入れて担ぎ、村々里々を行商している男がいた。その日の男は、初めておとづれる山の村に辿り着いたが、陽は西に傾いている。村はずれの一軒家を見つけて、しばしの腰休めを乞うた。山家には、老婆がひとり。仏壇の前には、何やら古ぼけた大きめの箱が置かれてある。老婆がかすれ声で言う。
 「ワシは、ちょっとソコまで行ってくる。勝手に汗を入れるがいい。ただしッ!その箱の中は、決して覗いてはならないぞッ!」
 老婆は、上目づかいで男を見、出て行った。覗くなと言われると開けて覗きたくなる。見るなと禁じられると見たくなるのが人情。男人情抑え難く、その箱を開けて見た。中には干からびた老爺の遺骸が横たわっている。骨が着物を着、頭蓋骨にこわばりついた白髪は、まばらでサンバラ。しかも、それが起き上がって言ったではないか。
 「見・た・なッ」
 男は、ブチクン<無着根。気絶、失神>寸前で気を取り直し、それでも、商品の塩は忘れず、カマジー袋を担いで逃げた。老爺の亡霊が追ってくる。男は、それこそ必死に逃げる。随分走ってふりかえると、亡霊の姿が見えない。そのかわり、あまり慌てふためいたせいか、カマジー袋の閉じ口が緩み、いま来た道には、塩が散乱している。そこで、男は悟った。
 「なるほど、そうだったのか。ユーリーやマジムンは、塩を恐れるのだ。嫌うのだッ」
 このことがあってから沖縄では、悪霊払いには「マースはんちゅん」。塩をまくようになったのである。

 教訓。よそさまの家のモノは、勝ってに開いて見てはいけない。何が出てくるか分からない。


 次号は2004年8月19日発刊です!

2004年8月分
週刊上原直彦(148)<絆のとき・お盆>
週刊上原直彦(147)<蝶々に出会った>
週刊上原直彦(146)<怪談・見・た・なッ>
週刊上原直彦(145)<昼の音夜の音>

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