毎週 木曜日発行!!  平成13年 11月1日創刊
 週刊 上原直彦 ニュース
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2004年 6月24日
連載 エッセイ
      「浮世真ん中」(139)

*<あぶしばれー・畦払い>

ハーリー鉦<がに>が鳴り、沖縄の梅雨は上がる。
今年は、6月21日が旧暦5月4日。いわゆる「ユッカヌ日」で、沖縄の「子供の日」。戦前まで、街方では玩具市が立ち、殊に男の子は、強くたくましく育つようにと、太刀やウッチリクブサー<起き上がり小法師。だるま>や鬼のハーチブラー<お面>などを買ってもらえた。
一方、海業<うみわじゃ。漁業>を生業としている地域では、航海の安全と豊漁を祈願して、サバニ<内海用の舟>の競漕をする。これがハーリー。今年は、台風6号に邪魔されて暦通りにはいかず、各地とも日を改め、6月26日、27日に漕ぐ。何が何でも海神に捧げる祭りは忘れない。
そして、ハーリー鉦に誘われて6月21日、カーチー<夏至>に入った。春から夏へ。季節の狭間で、北風<にしかじ>になったり、西風<いりかじ>になったり、南から吹いたりで定まらなかった風の根も、これで完全に南に回ったことになる。これを「夏至南風=カーチーベー」といい、沖縄は夏に包まれた。

夏を迎える前の農家の行事に「あぶし ばれー=畦払い」がある。旧暦4月14日、15日、もしくは、その月の内に行われる。
田植えがすんだ後、畦の草を刈り、虫を払う。今風に言えば害虫駆除の日だ。
各村落単位、総出で畦や周辺の雑草を刈り取り、シェー<イナゴ。バッタ>、イサトゥー<かまきり>、畑ウェンチュ<はる。野ねずみ>等を捕らえる。これらは、村の拝所に集められ、芭蕉の葉やアダンの葉<タコノキ科の常緑小高木>、小木で作った舟に生きたまま乗せて、海浜から干潮に合わせて流すのである。その際、虫たちが遥か遠くへ去り、再び島に寄りつかないようにと、呪文を唱えることを忘れてはいけない。
「遥か遠く」とは言うものの、あまり抽象的では呪文の効き目はない。そこで、「地上よりも豊かであるという海の底の国へ行き、生き延びよ」と、唱える。その海底の楽園は、慶良間<けらま>や八重山のうしろ。さらには、モロコシ<唐土。むかし、日本から中国をさした呼称>辺りにあるとされていた。
虫たちにとっては長旅である。人々は、それぞれの虫が好む草や生芋の小片を持たす優しさを示す一方で、草舟には、草の帆を掛けてやりながらも、小石をくくり付けて、いずれ沈むように仕掛けを施した。いつの時代も人間、勝手な理屈を多用する。
害虫駆除とは言え、命ある生きものを殺生するのは気が引ける。誰もが腰を引く。それでは、行事が成り立たない。その役目は、その年を生まれ年とする男性。つまり、干支に当たったものを執行人とした。これでは「否」は言えない。
虫流しがすむ人々は、浜辺に陣取り、持ち寄ったクァッチー<馳走>の麦飯、豆腐、豚肉、アマガシなどを食する。そして、歌にサンシンに踊り。一日を遊ぶ。
しかし、四面、海に囲まれている沖縄でも、山間部の人たちにとって、海までは遠い。彼らは、村落の拝所で虫を焼き、その年の豊作祈願をするのだ。所によっては、馬勝負<んま すうぶ。競馬>、ウシオーラシェー<闘牛>、シマ<沖縄相撲>などの他、棒術や伝統芸能が催された。祭事の主旨は同一だが、海浜村落の「あぶしばれー」よりも、山間部のそれの方が規模は大きかったのかも知れない。

しかし・・・・。いまはどうだ。
農業が発達して、害なす虫の駆除は容易になった。虫は成虫になる間もない。除草も機械化された。おかげで、アブシを払い、虫を流す手間もはぶけた。虫たちの行き先を案じ、情をかけてやる必要もなくなった。その代わり、人々が一体になって祭事を行うことも少なくなった。馬勝負もシマ棒術も、祭祀音楽や舞踊も影が薄れてしまった。消滅したものさえある。
物の豊かさ便利さを否定するものではないが、心の豊かさも同時に持ち合わせたいとするのは、農業に従事したことのない私のセンチメンタル・・・・か。

平成16年6月。
暦には「あぶしばれー」の文字を見ることができる。しかし、実施の情報は、いまだ、耳にしていない。


 次号は2004年7月1日発刊です!

2004年6月分
週刊上原直彦(139)<あぶしばれー・畦払い>
週刊上原直彦(138)<いい馬ぬ鞍>
週刊上原直彦(137)<雨の季節の虫たち>
週刊上原直彦(136)<酒は・・・・>

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