毎週 木曜日発行!!  平成13年 11月1日創刊
週刊
 上原直彦
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2004年 1月29日
連載 エッセイ
      「浮世真ん中」(118)

*<聖人上り=双六>

友人が「おきなわ方言双六」を考案中だ。
NHK連続ドラマ「ちゅらさん」にヒントを得て名詞、動詞、形容詞など、日常会話に登場する言葉を主に、携帯メールで楽しめるものにしたいそうだ。

双六の歴史は古く、689年持統天皇代に「禁断双六」なるものがあったと「日本書紀」に出ているそうな。資料によると双六の種類は多く仏法浄土双六、官位出世双六、名所道中双六、役者芝居双六、遊芸音曲双六、歴史合戦双六、女礼式双六、妖怪双六、正月節季双六、文明開化双六、童謡童話双六、滑稽漫画双六、善悪教訓双六などが記されている。遊びの方法は、すべてサイコロを使用したかどうか知らないが、漢字を見るだけで時代感と内容が読み取れるような気がする。
沖縄でも、島うた双六、舞踊双六、空手双六、民芸品双六、地名双六などを作ってみたら面白かろう。歴史、風俗、文化、言語がゲーム感覚で親しめ、いささか教育的でもある。
私の場合「双六」で思い出すのは、東海道五十三次「道中双六」である。幼少のころ、正月などに兄や姉たちが、行ったこともない日本の地名を喜々としてサイコロに託して遊んでいた。お江戸日本橋を振出しに品川、川崎、神奈川、保土ヶ谷、戸塚、藤沢、平塚、小田原、箱根など。これらは長じて池波正太郎を読むのに大いに役立った。さらに、東海道を下って島田、掛川、浜松などは清水次郎長ものの読物、映画を見るにどれだけ理解度を深めたことか。そして、上がりは京都三条大橋。弥次喜多よろしく、東海道五十三宿駅を振り分け荷物に三度笠の旅を勝手に楽しんでいた。丁半賭博を覚えたのも双六のサイの目だ。

沖縄にも同様の遊び「聖人上り=しーじん あがい」があった。
紙に枠64を描き、王府の官職名を書き込んである。使用するサイコロの目は数字ではなく、忠、孝、徳、仁、悪、盗の文字の六面。下級役職から始まり各奉行、表15人、三司官、摂政の高級官僚に進んで、賢者を経て<聖人>に辿り着いて上りとした。奉行までは悪、盗の目が出ると寺入、流刑、死罪を科されて前には進めない。
作家・詩人の船越義彰氏は、
「考案されたのは1700年代中期。御内原<うーちばる。首里城内の王族の女性。それに仕える女官の館。男子禁制。江戸城なら大奥にあたる>の遊戯であったろう」
としている。
「聖人上り」の官位ではないが、元名5年。第2尚氏6代目尚寧王代<1589年―1640。51年在位>。王府の階級は、御主加那志前<うしゅがなしーめー。国王>を頂点に王子、按司<あじ。大名>親方<うぇーかた>、親雲上<ぺーちん>、里之子親雲上<さとぅぬし>、筑登之親雲上<ちくどぅん>、里之子<さとぅぬし>、子<し>。後は平民で地方番所の職名。
戦前「軍人双六」なるものがあったそうだが、何を振出しに何を上がりとしたか、私はしらない。因みに、日本帝国軍人の階級は二等兵、一等兵、上等兵、伍長、軍曹、曹長、少尉、中尉、大尉、少佐、中佐、大佐、少将、中将、大将、最高位は元帥であった。
学校唱歌。
“ボクは軍人大好きだ いまに大きくなったなら
  勲章さげて剣さげて お馬に乗ってハイ ドウドウ”
意味も分からないまま歌った。いや、歌わされた時代があった。恐ろしいことだ。

双六は単なる遊びではない。時代を鮮明に映し出してきた。現在、子供たちが夢中になっているテレビゲームも、双六のアレンジなのかも知れない。そこで「自衛隊双六」を作ってみてはどうだろう。
国が言うイラク復興支援のための先遣隊は、言葉通り「先につかわした」後、本隊を送り込む。次は何を何処へ派兵するのか。
「自衛隊双六」は、階級をはじめ、何を振出しに何をして上がりとするのか。上ったとき、日本国はどうなっているのか。
「自衛隊双六」を作ろう!自衛隊の実態を知るために。


 次号は2004年2月5日発刊です!

2004年1月分
週刊上原直彦(118)<聖人上り=双六>
週刊上原直彦(117)<花一輪では・・・春>
週刊上原直彦(116)<握手の礼>
週刊上原直彦(115)<旅ゆかば・・・>
週刊上原直彦(114)<大和正月・沖縄正月>

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