毎週 木曜日発行!!  平成13年 11月1日創刊
週刊
 上原直彦
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2003年 7月31日
連載 エッセイ
      「浮世真ん中」(92)

*<琉歌・花ものがたり>

真六月<まるくぐぁち>と言われる暑い日が続いている。やがて七夕。この頃も、七夕太陽<たなばた てぃーだ>と言って、夏一番の暑さの節である。会う人ごと、眉間に皺を寄せて「暑さぬやぁ=暑いねぇ」を挨拶としているこの時期、ちょっとだけ、涼を呼んで「花の歌」を拾ってみよう。

“むいく花小花 物言やんばかい 露は打ち向かてぃ 笑てぃ咲ちゅさ”
<むいくばなくばな むぬいやんばかい ちゆはうちんかてぃ わらてぃさちゅさ>
歌意=朝、庭に出てみると、むいく花が私に話しかけようとしている。
     何を言いたいのか。朝露を受けて微笑みかける。
     きっと、嬉しいことを話したいにちがいない。
「むいく花」は、ジャスミンのこと。辞書には「モクセイ科の一属の総称」とあって「観賞用。花から香料の原料、ジャスミン油を得るため栽培する」と、付け加えている。
また、一般的に言うジャスミン茶は、中国の花茶で、緑茶に乾燥したジャスミンの白い花を混ぜる。お茶はもとより、香りを楽しむもので、これを「香片=シャンピェン」と言うそうな。沖縄で普通言う「さんぴん茶」の語源。
いまでも、凝った粋人は庭に「むいく花」を植えて、折にふれ花びらを摘んでは、お茶に入れて楽しんでいる。
それにしても「露の身の命」と言われるほどはかない朝露を見逃さず、歌に詠み、花が言葉を発しそうな気配に感応した歌びと・・・・。羨ましいかぎりである。
私など、花より団子の典型で、花の名称もロクに知らない唐変木だが、時には、早朝の庭におりて「むいく花」とは言わないまでも、せめてアカバナーと対話できる昔びとのような感性を身につけたい。
その前に「むいく花」を植える庭が欲しい・・・・。
この歌詞は、古典音楽「昔嘉手久節=んかし かでぃく ぶし」で歌われる。

“花当ぬ里前 花持たち給ち 花持たすゆいか 御汝いもり”
<はなたいぬ さとぅめ はなむたち たぼち はなむたさゆいか うんじゅいもり>
「花当」は、首里城内の花園担当役人。同様「御茶当=うちゃたい」は茶道担当。「蔵当=くらとう」は、御蔵役人。「山当=やまたい」は、山林担当役人。
第一尚氏最後の王<7代目>尚徳の王女の詠歌とされている。
歌意=花園担当の君が季節の花を人を介して届けてくれた。
     嬉しい。でも、花を人に持たせるようなことをせず、
     君自身が直接来てくれたら、もっと嬉しい。
王女<うみないび>と言えども、やはり女性。庭で見初めた花当幸地里之子<こうち さとぅぬし>に恋をして詠んだ一首。しかし、そこは王女と平侍の恋。実るはずもなく、ついには二人。城壁から身を投げて心中したと言う。
花当幸地が彼女に贈った花は、一体、どんな花だったのだろうか。きっと、赤い花だったにちがいない。恋には真紅の花しか似合わない。

かくいう私も、かつて、真っ赤に燃えるバラのような恋をしたことがある。が、幸地里之子のように命をかけるほどの情熱の欠如と、相手が本気では相手してくれず、幸か不幸か心中するにはいたらなかった。
因みに、
高宮城親雲上<たかなーぐしく ぺーちん>作。組踊「花売ぬ縁=はなういぬ ゐん」一名「森川ぬ子=むりかぁぬ し」に、百合、桔梗などと並んで<長春=ちょうしゅん>と言う花名が歌われている。
長春は、バラの別名。


ジャスミンの花。
写真提供:『ばん』塾生 大谷高子

 次号は2003年8月7日発刊です!

2003年7月分
週刊上原直彦(92)<琉歌・花ものがたり>
週刊上原直彦(91)<景気・不景気>
週刊上原直彦(90)<髭について>
週刊上原直彦(89)<日本の夏・沖縄の夏>
週刊上原直彦(88)<遅れッ。焦り>

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