毎週 木曜日発行!!  平成13年 11月1日創刊
週刊
 上原直彦
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2003年 5月29日
連載 エッセイ
      「浮世真ん中」(83)

*<イットゥガヨー・トントンミー>

経験が浅い、殊に若者に対して大人は「ひよっこだネまだッ」「嘴が黄色いよ」「尻が青いなッ」などの言葉を投げて、したり顔をする。
この場面で沖縄口の中では、遊びに例えて「イットゥガヨー・ワラバー!」と言う。イットゥガヨーは、世界的子供の遊び「おはじき」のこと。ワラバーは、童<わらべ・ワラビ>の一人称。しかし、この言葉の対象になるのは6、7才の本当の童ではなく、15、16才、いや、それ以上30才、40才になっても、童並の思考、行動をとる者である。つまり、人間は年齢相応のそれを成さなければならないが、中には、常識を逸脱して幼児的行動を成すモノがいる。これは、
「いい年をして、まだ、イットゥガヨー<おはじき>をして遊ぶ童同様と見なし「イットゥガヨー・ワラバー!」の言葉を投げかけるのである。

*イットゥガヨー。
 貝殻や木の実、お碗、皿、湯飲みの小片などを使い、
 親指ではじき、相手のソレに当たった分<勝ち>として取る。
 もちろん、おはじき玉は自分で作っていたが、ガラス製が
 売り出されるようになって、作らなくなった。適当に散らし
 置いた玉を、「イットゥガヨー!ニートゥガヨー!サントゥガヨー!
 =1,2,3・・・・と、はじく回数を数える唱え言葉が遊戯名
 になっている。

女の子の遊びだが、私など、彼女たちと仲良くなりたいばっかりに、親の巾着から小銭を窃盗。文具店で色鮮やかなおはじきを買い、遊戯の仲間入りをしていた。もちろん、意識的に負けることを忘れてはいなかった。
風狂の歌者嘉手苅林昌が好んで歌った「ふぃんすう尾類小=貧乏芸妓」にも、イットゥガヨーが詠み込まれている。
”隣いぬ御主前 すくちな者 イットゥガヨーにん 夫持ち”
(御の主人、あきれた男。まだ、おはじきを喜ぶような女の子に夫を持たせた。結婚させた)
歌の前後からすると、なめまわすように可愛がった小女を手放したようだ。
一方。
落ち着きのない者。殊に女子を評し、言葉の下に、その女子の名前を付けて曰く。
「トントンミー・××」

*トントンミー。
 ハゼ科の魚類ミナミトビハゼ。目は頭の上に突き出し、干潟や
 マングローブ湿地帯を敏捷、かつ、愛嬌よく跳ね回る。琉球列島を
 北限として東インド諸島、ニューギニア、オーストラリアに分布する。

いま、沖縄市の開発事業計画に「泡瀬干潟の埋め立て」があり、開発か自然保護かが問題になっている。実施されると、もちろん、この一帯を棲み家としているトントンミーもろとも、埋め立てられることになるのだろう。5月26日。環境庁は琉球列島、小笠原諸島、北海道知床を世界自然遺産とすると発表しているが、それはロケーションだけを遺産とするのか。動植生物はふくまれてはいないのか。

いまひとつ。海辺や川でやる<水切り>も<トントンミー>と言う。
少年時代、出来るだけ平べったい小石を選び、海面や水面に下手投げのピッチャーよろしく投げる。小石は水面張力に乗って、トントントーンッと跳ね行く。その数が多ければ多い分、自慢ができ「テクニシャンッ!」の評価を得た。ハゼのトントンミーも水切りのそれも見た目には慌ただしく、落ち着きがないところから「あたふたしているヤツ!」の代名詞になっている。
日常会話の中で都度、口にした「イットゥガヨー・ワラバー」も「トントンミー・しげ子ぉ!」も、まったく、例え言葉にならなくなった。沖縄口が使われなくなったからだ。大和世が沖縄口を飲み込んでしまった。まるで、トントンミーのように大和口に埋め立てられていく・・・・。
このことを危惧した歌者大工哲弘は、永 六輔の旅番組「遠くへ行きたい・沖縄編」の中で、
「かつて標準語励行が実施されたように、いま、沖縄語励行運動を展開したいッ」と、標準語で主張していた。後日。このことを指摘すると彼は、沖縄口でこう言った。
「本土で放映される番組だから、大和人にも分かるようにというリップ・サービスですよ」

 次号は2003年6月5日発刊です!

2003年5月分
週刊上原直彦(83)<イットゥガヨー・トントンミー>
週刊上原直彦(82)<野菜たち>
週刊上原直彦(81)<3大○○・4大××>
週刊上原直彦(80)<鯉のぼり>
週刊上原直彦(79)<滋養・栄養・食用>

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