毎週 木曜日発行!!  平成13年 11月1日創刊
週刊
 上原直彦
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2003年 4月24日
連載 エッセイ
      「浮世真ん中」(78)

*<悲しきチキン>

「一方食み<いっぽうがみ>・偏食せず何でも食べる」
そう教えられて、60年を過ごしてきたが、長く生きている間には、食物とのいろんな出会いがあって、食さなくなったモノが多々ある。
私の場合。貝類がダメだ。アサリやシジミ、蛤といった小貝。味ではない。アサリやシジミのみそ汁は好んで飲むが、身は口にしない。殻を口の中に入れるのが苦手な上に、30才も過ぎてから、十分には砂を吐かせてない蛤の身を思い切り噛んだのがいけなかった。「ジャリッ!」ときた。歯に走る妙な痛みと、思わず身ぶるいを引き起こし、首筋がつる不愉快な感覚を経験している。以来、貝類との永遠の決別となった。しかし、ホタテや貝柱は口にする。貝類には何の罪もなく、調理の段階に十分な砂抜きがなされなかったのがいけないのである。
それに、こんにゃくが苦手だ。コリコリしているようで、実はグニャグニャ。まるまる<身>かと思えば、大方が水分。とかく、あの正体不明なのがどうにも許せないのである。私の人生観に反する。
こんにゃく=サトイモ科の多年草。山間の畑に栽培される。
        地下に、こんにゃく玉とよばれる球茎ができ、
        食用のほか、かつては洗濯糊の原料にもした。
        夏、紫褐色の花が咲く。原産地は群馬、茨城、福島。
こんにゃく本=洒落本の異称。半紙四つ折りの本で、表紙の色と
         形がこんにゃくににていることからいう。
こんにゃく問答=わけのわからない問答。落語の題名。
これらのことを日本語大辞典で知った。が、純情な青少年のころ、独身の男どもが血の騒ぎをおさめるため、あるモノの代用にこんにゃくを使用したと聞かされて、不純な存在になってしまった。こんにゃく自体は、内臓をきれいに掃除するといわれている。私も早く食することができるようになり、こんにゃくに対する<不純な観念>を払拭したい。沖縄にこんにゃくが入ってきたのは近年。沖縄口では「くんやく」と称している。

沖縄芸能史、風俗史研究家崎間麗進氏は、鶏肉一切を口になされない。鳥類に恨みがあるわけではない。それどころか、鶏鳴を楽しむ<チャーン>を飼ってい、毎朝、庭にやってくるクラー<雀>にもエサをあたえているくらいだ。チャーンのエサは、午前10時と決まっている。そのおこぼれ頂戴でやってくるようになったクラーたち。時間が10分でも遅れると、屋根の上で、庭の花木のあたりで鳴き、エサを催促するそうな。
麗進大兄<うふうちー>は少年のころ、鶏を飼っていた。大事にし愛情をそそいで飼っていた。生きものの命の尊さを学びとった。いや、鶏に教えてもらった。
ある日。学校から帰ってみると、愛する鶏が小屋にも庭にもいない。麗進少年は血眼になって捜し回った。見つからない。やがて、日が暮れて・・・・。
落ち着きのないまま、夕飯<ゆうばん>の食卓についた。お汁は<とり汁>であった。シブイ<冬瓜>入りのとり汁は少年の好物であったが、妙に黙りっこくウメーシ<お箸>を動かしている父母、兄弟の伏し目に、愛する鶏の運命を知った。少年はその日、ユーバンを抜きにした。少年は夜中まで、闇の中に愛したものの面影を追って泣いた。
崎間麗進氏は、大正10年5月5日、那覇市泉崎生まれ。その年は<酉年>である。
沖縄俳優協会、琉球歌劇保存会会長八木正男氏夫人清子さんは、とり汁どころか、カーネル・サンダースのチキンも食さない。夫人も酉年生まれである。

思いつくまま鳥類の沖縄語名。
*にわとり<なぁどぅい>*あひる<あふぃらー>*燕<まってーらー。まったらー>*ひよどり<すーさー>*鷲<さーじゃー>*カラス<がらし。がらさー>*鳩<ほーとぅ>*千鳥<ちどぅり。ちじゅやー>*めじろ<そーみなー>*ひばり<ちんちなー>*鶯<うぐいし>*藪鶯<ちょっちょい>*うずら<うじら>・・・・・。

 次号は2003年5月1日発刊です!

2003年4月分
週刊上原直彦(78)<悲しきチキン>
週刊上原直彦(77)<調弦・ちんだみ>
週刊上原直彦(76)<例えことば>
週刊上原直彦(75)<空襲警報聞こえてきたら・・・・>

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