毎週 木曜日発行!!  平成13年 11月1日創刊
週刊
 上原直彦
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2003年 1月30日
連載 エッセイ
      「浮世真ん中」(66)

*<挨拶ことば>

「儲かりまっかッ」と、声を掛ける。「あきまへんなッ」とか「ぼちぼちでんなッ」の返事があったら、その人は決して「赤字暮らし」はしていない証拠だそうな。このことを話してくれた大阪の友人塩田英子女史は、さらに、言葉をつづけた。
「いくら商いの街大阪と言えども、出会いがしらから、金銭的なことを本気で問答するわけはない。儲かりまっかッも、あきまへんなッも、ぼちぼちでんなッも「こんにちは」「はい、こんにちは」程度の挨拶ことばなんですよ」
沖縄口も同じである。
街中で知人に会うと、那覇人<なぁふぁ ん ちゅ>は、
「如何ぁが。儲きらりぃみ=ちゃあが もうきらりぃみ=どうだい。儲けているかいナ。生業はうまく行っているかい」と、声を掛ける。返事がかえってくる。
「口ぬ前や そうん=くちぬめぇや そうん=糊口<ここう>はしのいでいるヨ」
また「やぁさ とぅ ふぃーさぁ さんしぇ=ひもじい思いと寒い思いだけはしていないよ」と言う言葉を交わしている。
大阪の挨拶ことばと共通してはいないか。
統一された標準語、共通語にはない言葉の妙が地方語にはある。つまりは、風土と共に有る言葉の裏の<妙>を感じ取らなければ、その地方を知ることはできないのかも知れない。
「ありがとう」の沖縄口は「にふぇー でぇびる」である。
では、その返答の「どういたしまして」は、どういたせばよいか。直訳語ではないが、一般的な応対語はある。
例えば、贈り物を受け取ったときの「ありがとう」に対する場合の「どういたしまして」は、謙虚な否定の「いいえ」同様「あらん=××ではない」で、相手が年上ならば、すんなりと「あいびらん」と、返事して「にふぇーでぇびる」を受け止める。
この場合「はい」の肯定も「いいえ」の否定も、思わぬ贈り物を「受け取る側」の負担を軽くしたいと言う意志、心遣いがはたらいている。
ほかにも「あしどぅ やいびぃーる=有り物を差し上げたのですから」とか、「わじゃわじゃぁ あいびらん=他意があって、わざわざ準備した物ではありません」とか、あるいは「礼儀<りーじ>するあたいぬ むのぉ あらんさ =丁重に礼を言うほどの物ではないヨ」とか「恩義<うんじ>思いるあたいぬ むのぉ あいびらん=恩義を感じるほどの物ではありません」などと、ケース・バイ・ケースで、使い分けている。
どこかの国のエライ人たちは「ありがとう」も言わず、いや、言えずにいるし、贈る人や企業、団体も「どういたして欲しい意図」があるから、素直に「どういたしまして」が言えない黒い金を動かす結果、手がうしろにまわるのだろう。
「はい。いいえ」。これを自分の意思でハッキリ言えるようになれば「一人前」と、昔びとは、説いている。
日常の暮らしの中で受ける人様の好意、善意に対して「にふぇー でぇーびる」を明朗に言い、言葉通りの好意、厚意を示した側も「あいびらん。我ぁが成いる事どぅ そういびぃーる=あいびらん。わぁが ないるくとぅ どぅ そぉいびぃーる=いいえ。特別のことではありません。私に出来ることをしたまでです」と、ごく普通に言いあえたら、人の世は、いま少し住みやすくなるにちがいない。

先日。作家、詩人の船越義彰先生宅をたずねた。
「キミのために、わざわざ妻が揚げたグンボウ<ごぼう>ティンプラー<天麩羅>だ」と、これまた、わざわざ丁寧にお箸を渡された。
一見「キミのために」「わざわざ」は、恩着せがましいようだが、そこは、私の遠慮を取り除くための「すすめ上手」の言葉。おいしくたいらげた。
「くぁっちー さびたん」<ご馳走さまでした>

 次号は2003年2月6日発刊です!

2003年1月分
週刊上原直彦(66)<挨拶ことば>
週刊上原直彦(65)<人気投票>
週刊上原直彦(64)<ウッカガー界隈>
週刊上原直彦(63)<初春の夢>
週刊上原直彦(62)<正月雑感>

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