毎週 木曜日発行!!  平成13年 11月1日創刊
週刊
 上原直彦
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12月26日
連載 エッセイ
      「浮世真ん中」(61)

*<馬が行く・羊が来る>

午年が暮れていく。
午は十二支の7番目「ラッキー7だッ」と、大いに期待した。、また<午>は、昔の時刻で言えば、いまの午前12時及びその前後の2時間。方角では、南をさしている。祝い歌に、
“夜ぬ明きてぃ太陽や 上らわんゆたさ 巳午時までぃや 御祝えさびら”
<ゆぬあきてぃ てぃだや あがらわん ゆたさ みんまとぅちまでぃや うゆえさびら>
歌意=さあ、祝いだ。夜通し祝おう。太陽が昇り、巳の刻<朝の9時から11時>そして、正午になってもよいではないかッ。さあ!祝おうッ。
と、あるし、王府時代、薩摩への船旅の道程を歌った「上い口説=ぬぶい くどぅち」の一節には“風やまとぅむに午羊=かじや まとぅむに んまふぃちじ”とあって、とかく、午年は時刻、方角、歌謡のいづれをとっても「縁起よしッ」とされていた。ところが、360日を過ごしたいま、馬の程も足並みの揃わない政治は、拉致事件はじめ、内憂外患。異常な殺人事件、わいせつ事件。歯止めの効かない大不況・・。十二年ごとにやって来る馬に、走い馬<はい んま=駿馬>の走りを期待したのだが、今年の馬は、倒り馬<とぉり んま=駄馬>だったようだ。だからといって、
「赤田雌馬ぬ笑いんねぇ=あかた みーんま ぬ わらいんねぇ」
笑ってはすまされない。
古都首里の崎山<さちやま>鳥堀<とぅんじゅむい>と並んで赤田集落は琉球泡盛の産地。その泡盛造りに必要な素材一切は、昔は荷馬車で運んでいた。したがって、馬も多い。中でも雌馬はサカリがつくと、歯茎をむき出して、笑うが如くいななく。その様子に例えて「意味もなく馬鹿笑いすること」を「赤田雌馬ぬ笑いんねぇ」と、言い当てている。されば、好縁起を担いだ午年ではあったが、当てが外れたいま、手放しで笑うわけにはいかないのである。
それでもまあ、個人的には、北村三郎芝居塾「ばん」公演4月、10月「遊び村栄」を皮切りに、8月には書き下ろし「琉球粋人伝・渡嘉敷ぺーくー物語」そして、12月「闘鶏一代・蹴られた男」の再演と、自作の芝居を舞台にのせることができた。
島うたも「さあふうふう=ほろ酔いのこと」「でぃぐん根小」作曲、歌前川守賢。「何でいいサ」作曲與那覇徹、歌神谷千尋。などを書いた。
ごく私事になるが、長女かな子が、こともあろうに300年目にあたる赤穂浪士吉良邸討ち入りの12月14日。嘉数家<長男環>に討ち入り、いや、嫁入りした。
なのに、歓びが足りないような気がするのは、日本国の行く先が、まったく見えないからだろう。
さて。
すぐそこに、羊がやってきている。
羊は、山羊の仲間と思い込んでいたが、実は牛のイトコだそうな。
羊【羊】(1)ウシ科ヒツジ属の家畜。メノリー種など毛用種。リンカーン種などの肉用種のほか、毛肉兼用種、毛皮用種、乳用種などがある。
と、辞書に教わった。
羊は十二支の8番目。八は末広がり。方角はほぼ南南西。沖縄口では、北風<にしかじ>の音を「パチパチ吹く」と表現。南風<ふぇーじかじ>のそれを「やふぁ やふぁ=柔々」と表現している。南、すなわち、中国、東南アジアからの風はソフトな文化の風で柔々だったが、北から吹いてくる風は、ハードで冷たくキナ臭いそれで、樹木などをパチパチ折ってきた。

来る未年は、十二支の8番目。末広がり。南南西の「やふぁやふぁの風」に、いま一度、希望をつなげなければならないのではないか。なにしろ、国がおかしくなったら後は、神頼みしかない。

実際には、端っこであったにしても、自らは「浮世真ん中」にいるつもりでいると、様々なモノが見える。未年もまた、縦から横から斜めから。時には前後左右、上下から、沖縄を見つめていきたい。

“月日走い過ぎる 今日ぬ夕間暮や 暮りてぃ行く年ぬ 名残り語ら”
<ちち ふぃ はいすぎる きゆぬ ゆまんぐぃや くりてぃいく とぅしぬ なぐり かたら>

◆東西南北の沖縄語読み。東=あがり。西=いり。南=ふぇ。北=にし

 次号は2002年1月2日発刊です!

12月分
週刊上原直彦(61)<馬が行く・羊が来る>
週刊上原直彦(60)「私はモーゼだった」
週刊上原直彦(59)<沖縄よいとこ>
週刊上原直彦(58)<眠るということ>

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