毎週 木曜日発行!!  平成13年 11月1日創刊
週刊
 上原直彦
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11月28日
連載 エッセイ
      「浮世真ん中」(57)

*<鶏・闘鶏>

「とり」と聞いただけで、ゴクリと喉が鳴るのはビール片手に食する焼き鳥を連想するからであろう。喰い意地が張っていて行けない。そのくせ、どんな種類の<とり>を焼いて食しているのか、皆目知らないでいる自分が情ない。
ところで。
飛ぶトリではなく、飼育されている鶏は、いつごろ沖縄に登場したのか気になりだした。こういうときは、御年上方<うみ しぃじゃ かた>に教えを乞うにこしたことはない。早速、崎間麗進大兄の門をたたいた。
崎間麗進大兄は、大正10年生、那覇人<なぁふぁんちゅ>沖縄の文化財に精通し、沖縄芸能史及び風俗史研究家で、その分野の賞を受けていらっしゃる先輩。琉球放送ラジオで最も長く、47年間放送している番組「ふるさとの古典」の解説を平成元年から勤めていて、私は聞き役をさせていただいている。
麗進大兄は、自らの研究資料をもとに<鶏>について、教えてくださった。

古代沖縄。いつのころからどんな種類の鶏が飼われていたか定かではないが、戦前の主として那覇で飼育されていた鶏は、(1)愛玩用であり、鳴き声を楽しむためのチャーン。麗進大兄も現在、飼っている。(2)蹴り合いをさせて楽しむタウチー<闘鶏>(3)薬用としての鳥骨鶏。その他一般的にはハートゥヤーがいた。
近世の記録、文献にも<鶏>をみることができる。
1477年<文明9年>。朝鮮人が遭難して八重山の与那国島に漂着した際の記録「南島漂流記」にも<鶏>が記されているが、彼らは島づたいに沖縄本島に渡ってきたものの、鶏が何種だったかは不明。沖縄学の「伊波普猷全集」には、「八重山の与那国島、西表島、黒島、宮古島、多良間島など、いずれも鶏を飼ってはいたが食さない」「首里那覇をはじめ、沖縄本島では、鶏に加えて鴨も飼育。食する」とある。いまでは、宮古、八重山の食卓に鶏肉がのっていることは念押しするまでもない。因みに<鶏>の方言は<みやぁ とぅい。なぁ どぅい>と言い<庭鶏>の字を当てている。鴨は<があ とぅい>
鶏の中でも、珍重される闘鶏<たうちー>は、基本的に羽毛は黒を主として五色。鶏冠は太く短いが、足は長く鋭い蹴爪がある。常に堂々と胸を張っていて眼光はあくまで鋭い。余談ながら、終戦直後はフィリピン人を中心に「タウチーオーラシェー。闘鶏の蹴り合い」が盛んで、蹴り爪にカミソリをくくりつけて戦わせていた。いずれかに現金を賭けてのそれだから、いつの間にか法の規制するところとなって、公衆の目の前から消えた。しかし、現在でも闘鶏愛好家の数は少なくはない。
チャーンは、中国語で鶏唱<チーチアン>と言い、歌う鶏を意味している。小型ながら鳴き声が美しく、1991年<平成3年>沖縄県の天然記念物に指定されている。その鳴き声にも名称があって、まず、始めの声だしを*打ち出し<うち じゃし>中間の高い声を*吹ち揚ぎ<ふち あぎ>そして、鳴き止みと余韻を*チラシと、称している。また、鳥骨鶏は<ふくがー=羽毛がふわふわしている様>と言い、足は短く、肉は濃い紫色。薬用として重宝されていた。
昭和期に入って、名古屋コーチンなどが肉用。レグホン、プリモース種は卵用として飼育されるようになったようだ。
ここまで、崎間麗進大兄に教わって私は、決心した。
「鶏は人間と深く関わった歴史的存在。焼き鳥も文化的に食するようにしよう」

*告知
12月1日<日>6PM。沖縄市民会館では、上原直彦作、演出「たうちー一代・蹴られた男」が上演される。八木政男、高安六郎、仲嶺真栄、北島角子、吉田妙子、富田めぐみ、北村三郎ら、ベテラン、新人の共演。闘鶏に魅せられた男の家庭騒動記である。ご覧あれー。

上原直彦作・演出「タウチー一代 蹴られた男」
出演:
北村三郎、高安六郎、八木政男、北島角子、吉田妙子、仲嶺真栄、富田めぐみ、金城志穂子、高江沙季子、前川守賢(踊り・歌三線)、座喜味米子(踊り)
日時:2002.12月1日(日)
場所:沖縄市民会館大ホール
開場:5時半 開演:6時
入場料:前売り2.500円 当日3.000円

 次号は2002年12月5日発刊です!

11月分
週刊上原直彦(57)*<鶏・闘鶏>
週刊上原直彦(56)*<地名>
週刊上原直彦(55)*<すぐらりんどうッ!>
週刊上原直彦(54)*<あけぼの劇場界隈>

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