毎週 木曜日発行!!  平成13年 11月1日創刊
週刊
 上原直彦
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9月26日
連載 エッセイ
      「浮世真ん中」(48)

*美佐子のことなど。

歌者古謝美佐子が喜々として言った。
「今年は、エイサーの地謡をつとめました」
旧暦7月13日から15日に行われる沖縄のお盆のエイサー。本来は先祖神に捧げる念仏<にんぶち>集団歌舞であるが歌舞の囃子が「エイサー!エイサー」を連呼するところから、通称<エイサー>と言い、その呼称が定着している。大宜味村や国頭村では、女だけのエイサーがあり、米軍基地に接収された嘉手納町旧集落千原のエイサーは、いまでも男のみ。石川市のそれも、かつては男だけでなされていたが、いまは男女混成で、一般的には混成が主流になっている。しかし、踊り手や囃し方に女性は参加しても、地謡をつとめるのは珍しい。古謝美佐子は、住まいする嘉手納町西区エイサーの地謡連に加わったのが、よほど嬉しかったのだろう。

古謝美佐子の「童神」<作詞古謝美佐子。作曲佐原一哉>が全国的に親しまれている。今年6月は静岡県浜松。9月は福岡県小倉で彼女と共に島うたミニライブを開いたが、初孫に語りかける子守唄「童神」。沖縄口で歌われるにもかかわらず、大和の人たちの共感を得た。彼女の表現力もさることながら、子守歌の情感は全国、いや、世界共通なのだろう。

古謝美佐子。
昭和29年<1954年>7月11日。嘉手納町嘉手納生まれ。幼いころから家の周囲には歌三絃があった。農業や漁業に従事するオトーやオカーたちが、日暮れともなれば、泡盛を前にして三弦を弾き歌う。隣近所から聞こえてくる島うたを子守唄として育ったのだ。
7才。町内に、戦後の島うた界をリードしてきた津波恒徳、石原節子が研究所を開設した。美佐子は迷わず入門した。そして9才。同町の主婦富着よし作詞、津波恒徳作曲「すうし すうさー」でレコードデビューを果たしている。製作担当は上原直彦。長い付き合いだ。
余談=「すうし すうさー」のスーサーは<ひよどり>の方言名で、沖縄で最も親しまれている野鳥。童うた風なので私は「すうさー すうさー」と言葉を重ねて節名としたのだが、仕上がったレコードやジャケットには「すうし すうさー」と印刷してあった。明らかにミスプリント。しかし「それも愛嬌の内」と、いまもってそれで通している。

古謝美佐子。
長じて20才に結婚。長女江理奈。次女由希野を出産。その長女江理奈が親にならって20才で結婚。すぐに長男修也。次いで長女瑞喜を出産している。美佐子は初孫修也を抱いたとき「赤子なかいや 神ぬ宿とぉん=赤子、童には神が宿っている」と言う古諺<童神観念>を実感した。こうして「童神」が生まれ、彼女の唇にのったのである。

ところで。
古謝美佐子の左親指に<痛み>が走ったのは、40才を前にしたある日である。
前兆もない突然のことだった。自ら三絃を弾き歌う歌者にとって、三絃を支える左親指は命。早速、病院へ行った。診察の結果出た病名は「骨膿腫」
「要するに骨がモロくなっている。放っておくと切断しなければならない。体の骨の一部を取って補修しよう」
医師は自転車のスポークを修理するかのようにサラリと言う。とにもかくにも、医師に任せるより外に術はない。ただちに手術することになった。さて「体の骨の一部」とはどこか。「骨盤」。骨盤は女にとって大事だが「もう子どもを産むこともない。歌三絃最優先」と決断した美佐子だった。
手術は成功。三絃を弾くに何ら支障はない。ただ、寒いときに、ちょっと違和感があり、早弾きの節を連続して弾くと、左手の疲れが早い。
再余談=指には、それぞれ呼称があるが、古謝美佐子の左<親指>は、ただの親指ではない。「ケツ指」である。そのせいか、早弾き節を弾くとき、彼女のお尻が微妙な動きをする。

 次号は2002年10月3日発刊です!

9月分
週刊上原直彦(48)*美佐子のことなど。
週刊上原直彦(47)*台風!怖いッ。
週刊上原直彦(46)*表通り裏通り
週刊上原直彦(45)*太陽加那志、御月前。

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