毎週 木曜日発行!!  平成13年 11月1日創刊
週刊
 上原直彦
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7月25日
連載 エッセイ
      「浮世真ん中」(39)

*夏の夜は・・・・。

“蚊遣い日ぬ煙 寝屋に立ちくみてぃ
   あいち居らりらん 共に出じてぃ”
<かやいびぬ ちむり にやに たちくみてぃ
   あいち うらりらん とぅむに んじてぃ>
歌意=夏の夜。蚊を追うために蚊遣り火を焚いたことだが、その煙が目にしみ、息苦しくなって、ついには、蚊と共に外に出ることになった。
蚊遣い火=今風に言う蚊取り線香。昔は香木の木片やヨモギなど、植物の葉を焚いた煙で、蚊を払った。
あいち=心落ち着かない。じっとしておれない。息苦しいなどを意味する古語。ほとんど死語になっている。しかし、古典音楽の大昔節「十七八節」に、
“ゆしじみになりば あいちうらりらん
  玉黄金使えぬ にゃ来ら思みば”
<ゆしじみに なりば あいち うらりらん
   たまくがに ちけぬ にゃ ちゅら とぅみば>
歌意=日没。夕刻の寺の鐘が鳴ると、心落ち着かない。愛しい人からの誘いを知らせる使者が、もうすぐ来ると思えば。
と、読み込まれている。この一首。恋歌として解釈する一方、仏縁歌とする説もある。後者の場合、夕刻とは晩年を意味する。一日の終わりを告げる鐘が鳴ると、明日はあの世から迎えの使者が来るかもしれない。なんと「あいち 居らりらん」心落ちつかないことか。
恋歌とするか。仏縁歌とするか。歌い分けて味わえる一節と言えよう。

独白=蚊の話から大きく脱線したようだ。蚊に戻そう。

過日。蚊取り線香を製造販売している某社の社長と親しくなった。社長は大いなる沖縄通。殊に、琉球舞踊には深い関心をしめしている。自社の諸パーティーのおりには、かならず、琉球舞踊をプログラムする熱の入れよう。社長は熱っぽく語った。
「日常の中に、歴史ある伝統文化を何の力みもなく生かしているところが凄く、すばらしい。わが社にとって沖縄は、長年のお得意様。他府県に比べて、常にトップの消費をしていただいています。
芸能文化をほめていただくのは光栄。しかし、あとのコメントが気にかかった。
「殺虫製品の消費が他府県に比べて多く、お得意様と言うことは、沖縄は日本一、蚊が多いとおっしゃいますのでッ?」
社長は、心乱して訂正した。
「いやッ、そのッ、つまり、それほど親しくしていただいていると、そのッ、言うことでッ。言葉がちょっと、余りましたッ。失礼ッ」
もちろん、そのあたりは、私も理解していて、言葉の綾を楽しんだことではあった。
「網ぬ余いや使かぁりぃしが 言葉ぬ余いや使かぁらん」<ちなぬ あまいや ちかぁりぃしが くとぅばぬ あまいや ちかぁらん>=網。縄。紐の余り。きれっぱしはなんとか使えるが、余分な言葉は使えない。相手を傷つけることがある。

独白=また、脱線。蚊の話続行。

蚊は英語でモスキート。沖縄口でガジャン。若者に恋人が出来ると、大人たちは「そうかい。では、今夜からはガジャンも寄らないよッ」と言い、喜びを表現したし、また、愛し合って、首筋や胸元などにキスマークがつくと女子「ガジャンの喰えッ=蚊の喰い跡。蚊の刺し跡」と、ごまかしたものだ。
かつて。私も首筋にロマンのマークがつき、喉も痛くないのに包帯を巻いたものだが、このところ、とんと無沙汰。「ガジャンもふり向いてくれなくなった・・・・」
前記の「十七八節」なのか。秋風にも似たわびしさが体の中を吹き抜けていく日々が多くなった。この夏。月影を追いながらガジャンに生き血を提供して、生きていることを確認したい。

 次号は2002年8月1日発刊です!

7月分
週刊上原直彦(39)*夏の夜は・・・・。
週刊上原直彦(38)*夏の長い日々の記
週刊上原直彦(37)*勘違い3題
週刊上原直彦(36)*沖縄の日々

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