毎週 木曜日発行!!  平成13年 11月1日創刊
週刊上原 直彦 ニュース
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5月30日
連載 エッセイ
      「浮世真ん中」(31)

*<快哉ッ・ジビタ唄>

RBCラジオ月曜から金曜日まで。午後3時から60分は「民謡で今日拝なびら」が放送されている。番組は42年目を数え、私がプロデューサー兼キャスターとして、声出しをしてからでも、35年は経っている。月、水は女優北島角子。火、木は役者八木政男が相方。金曜日は今年四月から各界の有名無名の個性的な方々の登場。話のネタは、琉球歴史のヒダに見え隠れする風俗ばなし。言葉は沖縄口が80l。使う素材は、もちろん、新旧の島うた。
リリースされるCDなどは、まず、試聴した上で<放送に適しているかどうか>を判断してオンエアーするが、先日、歌者松田弘一を信じて、彼が持ち込んだ非売品CD<ライブ盤>を試聴もせずに放送してギクッとした。節名は「ジビタァ小」ジビタァ=品位に欠けること。または者。好色にうつつをぬかすこと。または者。
松田弘一の歌い出しは、こうである。
“手墨知やびらん 銭金ん無らん
  人勝い有しや 道具びけい”
<てぃしみ しやびらん じんかにん ねらん
  ふぃとぅまさい あしや どうぐ びけい>
手墨=学問のこと。道具=この場合、彼の男性自身。
歌意=私、松田弘一。学問もなければ、金銭もありません。ただ、他人さまより勝って持ち合わせているモノは、男根だけです。

共通語の歌謡曲の歌詞ならば、即、放送禁止になるところだろう。しかし、ここが沖縄口の強み。イキな島うたのおおらかさである。
かつて、島うたがまだ<低俗かつ卑猥>とされていた時代ならば、それをオンエアーした担当者の私は「放送倫理にもとる」として叱責されるか、ことによれば、社会的責任をとらされていただろう。
しかし、庶民意識で歌われる島うたには、こうしたイキな文句が何の照らいもなく、堂々と歌われている歌詞は少なくない。これは、沖縄の島うたに限るものではない。
北海道の漁師さんに聞いた「ソーラン節」は、こうだ。
「ヤレ ソーランソーランソーランソーラン ハイハイッ
 娘十八おヘソの下に おいら惑わす穴がある チョイッ」
快哉ッ。庶民歌謡とはそうしたものではなかろうか。日本各地の民謡には、多かれ少なかれ、このような<ジビター唄>が、その土地の言葉で唇にのっている。しかし、それがメジャーになり、全国的になってくると「わが県民は皆、ジビタ者ッと思われはしないか。実はそうであっても、ここは、きれいな歌詞で紹介しよう」になって、教育的かつブンガク的なそれが本歌として、普及継承されていくのである。
「ジビタァ唄」は、仲間うちでおおらかに歌うもの。他人様に公然と聞かせるものではない。また、その土地のそれらの歌を聞きたい方は、まず、構えることをせず、自分自身が裸になって、土地の人々に融合すること。さすれば「ジビター唄」を共有することができる。
「かっぽれ」の名人桜川ピン助師匠の「三人婆さん」を見て「すけべぇ芸はイカン」と、おっしゃった教育者があった。これに対して、ぴん助師匠は言い放った。
「すけべぇのどこがいけねぇッ」

しかし「ジビタァ唄」も、放送となると問題がないわけではない。法の定める規制があるのだから・・・・・。
独白=でもまあ。沖縄口<地方語>はいい。共通語では規制される言葉でも、沖縄口で語り歌えば<自由>がある。この際「ジビタァ同好会」を結成して、上半身下半身の歌を共有したいなぁ。御賛同の方はキャンパスレコードへ。会長はもちろん、松田弘一。

 次号は2002年6月6日発刊です!

5月分
週刊上原直彦(31)*<快哉ッ・ジビタ唄>
週刊上原直彦(30)*復帰のあとさき
週刊上原直彦(29)*空手・その道
週刊上原直彦(28)*間柄<まがら>
週刊上原直彦(27)*捕虜になった日


「週刊 上原 直彦」発刊は
あの、「週刊 文春」と同日の毎週木曜日です!!

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