毎週 木曜日発行!!    平成13年 11月1日創刊
週刊 上原 直彦  ニュース
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2月28日

連載 エッセイ
      「浮世真ん中」(18)

*「さんしんの日」

三月四日は「さんしんの日」
琉球放送ラジオの正午の時報音に合わせて、夜九時までの毎定時、沖縄中のさんしんを一斉に弾いて見よう。名曲「かじゃでぃ風」を歌おうという一大ロマンの展開である。正式にはオキナワンスピリッツ「ゆかる日まさる日さんしんの日」今年は第十回の節目。
メイン会場を琉球音楽の祖赤犬子(あかいんこ。あかんくうとも言う)の里読谷村文化センター鳳ホールに設置して、九時間十分の生放送をする。
一万余節は有ろう節歌の中から何故「かじゃでぃ風」なのか。それは「かじゃでぃ風」が祝儀唄で、言い換えると、聖書が永遠の世界的ベストセラーである如く、同節も永遠のヒット曲だからである。
沖縄では、カラスが鳴かない日はあっても「かじゃでぃ風」が歌われない日はない。このことは事実。決して過言ではない。
演歌に背を向け、ロックにどっぷり漬かっている若者たちも、自分の結婚式にはメンデルスゾーンかベートーベンの「ウェディングマーチ」あるいは、傾倒するアーティストのサウンドで入場し雛壇に着席するが、さあ、いざ祝宴の幕開けには「かじゃでぃ風」を演奏。歌い踊る。西洋の音楽と自らの沖縄音楽を同じ位置においているのは、沖縄だけではあるまいか。いま少し自慢させていただくと「かじゃでぃ風」は、ハイドン、バッハの作品と同列するのである。
十回目のその日に向けて今、実に各地で個人、団体、学校現場、サークルが「かじゃでぃ風」のお復習いに余念がない。
宜野座村では、青年たちが実行委員会を結成。「かりゆし遊び」なるイベントを開催する。これも八回目を数える。メンバーは七、八十才から十才前後まで、言葉通り老若男女がさんしんを携帯で参加している。
宜野座中学校一年生平田ひさのさんは、琉球放送ラジオのインタビューに、こう答えている。
 「父も母も兄もさんしんが弾ける。友達には自前のさんしんを持っている人もいる。悔しいから私も稽古を始めた。面白い。弾いてみて分かったことだが、ギターやバイオリンやピアノは世界中に有っても、さんしんは沖縄にしかない。あまりにも身近に有り過ぎて、その価値に気づかなかった。私たちは物凄い音楽文化を持ち合わせている」
もちろん、中学三年生がそんな口調で話したのではない。ただ、平田ひさのさんの純粋な心情を読者に伝えたいがために、筆者が筆を流していることは言うまでもない。
沖縄には一体、何丁のさんしんが有るのだろうか。三回目の調査に続いて今、各市町村に依頼、保有数を調査してもらっている。中にはご多忙につき調査拒否のお役所もあり、全回答は得られないが、推定十五、六万丁になると思われる。南米、ハワイはじめアメリカ。国内では関東関西、福岡、広島、北海道等、沖縄人行くところ<さんしん在り>で、それらを含めるとゾクゾクするほどの数字になる。
筆者は病的なほど数字に弱い。が、仮に沖縄の人口を120万人<実際には132万人>とし、さんしんを20万丁として計算すると実に六人に一丁の割合になる。それでいいのかと、不安になるほどの数・・・・。
中国人の床の間には、さすが学問の国。家の守護、花として墨硯筆。それによる書画がある。日本の名家には甲冑、刀剣がある。長い武家社会の名残りか。沖縄の床の間はどうか。さんしんである。新築、結婚、出産等々、慶事を記念して、また、一家の誇りの花としてさんしんを置く。
さんしんは、沖縄人と深く強く結びついて存在する楽器である。
三月四日は、そのさんしんが一斉に命を得て鳴り響き、三筋の糸の音色が沖縄中をいきいきと染める。

 次号は2002年3月7日発刊です!

2月分
週刊上原直彦(18)*「さんしんの日」
週刊上原直彦(17)*看板=パート3
週刊上原直彦(16)*看板=パート2
週刊上原直彦(15)*舞踊「かしかき」


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