CHIKUONKI亭日乗

■2004年12月20日〜31日
いろいろありました。
■2004年12月19日(日)
琉球国民謡協会の忘年会に行く。
 
■2004年12月18日(土)
午後6時から開店まで、小生一人で番頭をする。
午後10時帰宅。

孫と将棋をする。
角落、飛落でもオジーに負ける孫。
3ヵ月後には、勝ってみせると孫が負け惜しみを言う。
■2004年12月17日(金)
台風直ちゃん来店。
今年最後の来県とのこと。
今年は18回沖縄に来たそうです。
■2004年12月14日(火)〜16日(木)
いろいろありましたが定かではありません。

16日に東京の鈴木希王氏とACOの大城、下山氏と4人でさんしょうでコーヒータイム。
著作隣接権のうち、実演者の配分がいよいよ始まるという報告をうけました。

本部の同級生たちが、いろいろな事に首をつっこんで多忙な小生のために、山里ユキの店「友人」で慰労会をしてくれました
■2004年12月13日(月)
沖縄残波岬ロイヤルホテルへ、豚娘とともに12月31日のカウントダウンの打ち合わせに行く。
■2004年12月12日(日)
東京の歯科医師志田義則さんに誘われて、沖縄市民会館へJASRACコンサートin沖縄「未来への潮流」を観にいく。

志田房子、構成、演出、振り付けの舞台はスマートで、それでいてワクワクするような内容で、大変楽しい2時間半でした。
新良幸人と薩摩琵琶の坂田美子が一段と光っていました。
極めつけは、加那ヨー天川の新しい構成の舞踊。
実に新鮮で目から鱗でした。
 
■2004年12月11日(土)
すべて記憶にございません。
■2004年12月10日(金)
那覇は泉崎の琉球新報本社へ行く。
宮良長包賞の授賞式と祝賀会へ出席のため。

豊見城そば「第二回素人のど自慢チャンピオン大会へ」審査委員長の依頼をされて行く。
■2004年12月9日(木)
午前4時30分起床。5時出勤。
6時、千尋と豚娘を乗せて、コザを出発。嘉手納でアコースティックMの二人をゲットして、那覇空港へ連れて行く。東京でライブがあるため。
 
■2004年12月8日(水)
沖縄芸能新聞のいつものメンバーで、さんしょうにてコーヒータイム。

イガルーサウンドスタジオに行く。
山内昌春が録音中とのこと。カセットを制作中。
陣中見舞いに顔を出し、早々に帰宅。早寝。
■2004年12月7日(火)
ラジオ沖縄YAMAMOTO’S部長来店。
例のごとく上間てんぷらを持って。

沖縄音楽デジタル販売協会の忘年会に顔を出す。
蟹鍋が先着のてんぷらの所為でおなか入らない・・・。

本部の同期生模合小「ななくさ会」へ行く。
楽しい泡盛タイム。模合もあたって、ホロ酔い気分で帰宅したら、山の神に全額取り上げられた。・・・まぁいいか。
■2004年12月6日(月)
喜納昌吉来店。
「普久原朝喜音楽賞」について、何やら質問なのか、詰問なのか、その中間みたいなことを問いかけられる。
ずーーーーと昔から昌吉の話にはいつも悩まされる。

吉田安盛、盛和子御夫妻来店。
さんしょうでコーヒータイム。
故前川朝昭と二人、普久原朝喜から師範の免状をいただいていたとか。
■2004年12月5日(日)
1日中なにもすることなく、お店でだらだらしていた。
 
■2004年12月4日(土)
金城実親分来店。
何をしに来たか忘れた。

普久原音楽事務所に行く。
恒勇師匠「用件は5分で済ますように・・・」
普久原朝喜賞の報告をして帰る。10分かかった。

早々に帰宅。
孫と将棋を差す。2勝1敗でオジーの勝ち。
■2004年12月3日(金)
京都観光ホテルで、普久原朝喜賞の実行委員会開催。
午前11時から昼食をはさんで、午後2時まで実行委員の方々が議論を重ね、一人の受賞者のつもりが今回沖縄市制30周年と言うことで、喜納昌栄氏、山内昌徳氏、山里ユキ氏の三人の受賞者で決着がついた。
事務局はヒヤヒヤです。予算の面で・・・・。
授賞式&祝賀会を12月21日に、記念公演を2005年3月13日(日)に行うことを決定する。
■2004年12月2日(木)
富山で沖縄料理と泡盛の店をチェーン展開している、南国の酒房グループ本部の代表取締役の黒田佳弘さん来店。
沖縄県はこういう人を県の観光大使にするべきです。
来県するたびに金武町の大川へ祈願しに行くそうです。

昔少年隊の伊集さん来店。
玉城貞子のCDを受け取りに・・・・。
■2004年12月1日(水)
あしびなーに行く。
でいご座仲田幸子一行の水曜劇場公演の手伝い。
7時の開演に4時から並んだ人たちがいました。
 
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