毎週 木曜日発行!!  平成13年 11月1日創刊
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 上原直彦
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2003年 10月30日
連載 エッセイ
      「浮世真ん中」(105)

*<愛称・芸名・ペンネーム>

<愛称>
昭和30年ごろ。私は高校生。
風の便りに知る東京では、歌声喫茶が流行り、若者はロシア民謡を中心に、中国、朝鮮半島、イタリア歌謡を熱唱していると聞いた。
沖縄の高校生たちも「まず、歌声運動の団結の中から、祖国復帰を勝ち取ろう」と、殊にロシア民謡にのめり込んでいった。高校三年の受持ちは、琉球大学で国文学を修めた大城清先生。通貨はまだ米軍票のB円。高校教師の給料がどの程度だったかは知らないが、清先生は3年2組全員に「歌ごえ手帳」なるものを購入して配ってくれた。
カチューシャ。トロイカ。黒い瞳。バイカル湖のほとり。しゃれこうべの唄。川岸のベンチで。バルカンの星の下で・・・・。ロシア一色であった。アメリカ=ロシアの冷戦がピークの時期だけに、ロシア民謡を歌うと反米感情が沸々とたぎり、日本国に置き去りにされた沖縄の抵抗運動を実感した。
仲間たちは、ロシア風の愛称を付け合った。
大城清先生は=キヨシチョフ。現在、埼玉新聞で筆をとっている近田洋一は<一>を活かして=イチフスキー。同期の佐次田久は=ヒサシネフ。古堅睦子は=フルゲンコ。かく言う私は、直彦の<彦>で=ヒコノビッチを名乗った。多少、いや、かなり無理した命名だったが、この言葉遊びは楽しかった。

<芸名>
琉球放送iラジオ午後3時の番組「民謡で今日拝なびら」のレギュラー役者八木政男さんは、元々は「屋宜政雄・やぎせいゆう」だが、屋宜は<山羊>呼ばわりされて、幼少のころは、イジメにもあった。昭和23年、所属する劇団大伸座で喜劇「楽しき一家」の主役に抜擢されたのを期に芸名を「八木政男・はちき まさお」とし、以来、実生活でも改正届を提出。八木政男を戸籍名としている。 

屋宜政雄改め、八木政男
この大伸座座長大宜見小太郎優の場合は、ちょっと、解説が要る。
本名當間朝義。幼名太郎。やがて、大宜見朝良家の養子に入り「大宜見朝義・おおぎみ ちょうぎ」となった。さらに、当時の役者連には、○×太郎が多かったことから、小柄な太郎「大宜見小太郎」を芸名にした。大宜見小太郎はまた、南一郎のペンネームで「ともしび」「丘の一本松」など、200本以上の脚本を書いている。
シリアスな演技よし、喜劇よしで売った故中山幸四郎さんは本名中山助行<じょこう>。
「助行。助べぇーを行なうは気が引ける」というので、歌舞伎の名優松本幸四郎にあやかって「中山幸四郎」とした。
幸四郎と名コンビだった故島正太郎は、本名天願太郎<てんがん>。彼はまた、師匠大宜見小太郎に続けとばかり「太郎」をいただいて「島正太郎」を名乗る。大伸座の喜劇俳優故三津田明さん。本名金武良朋<きんりょうほう>。古典音楽の大家金武良仁翁の孫にあたるが、役者になったことで勘当され、王族直系の名家の姓を名乗らず「三津田明」とした。同じ芸能でも宮廷音楽家の社会的地位は高かったが、役者のそれは差別された時代。それは戦後暫く続いた。芸名は新劇・文学座の名優三津田明にあやかったとするウワサがある。

<ペンネーム>
私事。私にもペンネームがふたつもある。
その(1)「坂田英世・さかた えいよ」。フジテレビの子ども番組「ひらけ!ポンキッキ」に「ユイユイ=作曲知名定男。うた山川まゆみ」を書いた。当時私はTBS系列の琉球放送ラジオ局長の職にあり「TBS系列のしかも局長が、フジ系列番組に本名のスーパー文字を出すのはどうか」という、妙な義理から、住まいする西原町翁長、通称坂田ハイツAの4をもじって「A四=英世」にした。
その(2)上原直衛<なおえ>。昭和30年代。琉球放送は盛んにラジオドラマを制作していた。スターアナウンサー石垣正夫さんは、ニュースは本名。ドラマ出演は芸名西山さとし。脚本、演出は北沢房衛と使い分けていた。私は声優の真似ごとをしながら、脚本や放送台本執筆の勉強をしていた。やがて、一本立ちした際、石垣先輩から声がかかった。
「ボクのペンネーム北沢房衛をキミにやろう」
喜んで頂戴。その名で脚本、台本を書くようになった。そんなある日。私は石垣先輩に問うてみた。
「北沢は、新劇俳優北沢彪からとったと聞きました。下の房衛<よしえ>は、何ですか」
先輩は答えた。
「ヨシエは、ボクの初恋の人芳枝だ」
私はすぐに、ペンネームを「上原直衛」に改めた。先輩の初恋の人芳枝さんに申し訳ないからだ。やはり、初恋の人の名前は思い出とともに胸深く、人知れず刻んでおくべきだ。

因みに、私の息子の名は、上原直衛。


 次号は2003年11月6日発刊です!

2003年10月分
週刊上原直彦(105)<愛称・芸名・ペンネーム>
週刊上原直彦(104)<ラジオ・島うた・43年>
週刊上原直彦(103)<要り目=いりみ>
週刊上原直彦(102)<誰とめでるか名月>
週刊上原直彦(101)<生年祝い・かじまやー>

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